クラッチを用いた操作が不要なオートマ (AT) 車は、クルマの運転に苦手意識を覚える人にとってはありがたい存在だ。自動変速の仕組みは今、無段変速機の「CVT (Continuously Variable Transmission)」が主流となってきている。CVT は、従来の AT 車のようにギアを用いずに自動変速をする方式だ。

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静岡県富士市に本社を置くジヤトコは、CVT を主力とする自動車部品メーカーである。同社は、CVT の開発から生産まで一気通貫で無駄なく効率よく取り組んでおり、同社の CVT は軽自動車用から大型乗用車用まで幅広くカバーしていることが特色だ。2021 年 4 月の時点で、累計 5200 万台の CVT を売り上げている。最近は、ハイブリッド (HV) 車向けの CVT 開発も行っている。

同社の開発・生産・営業拠点は欧米やアジア圏などの 8 ヵ国 12 拠点でグローバルに展開し、各国の顧客のそばでタイムリーなものづくりを行っている。かつては国内拠点からも頻繁に海外拠点へ出張をしていたという。

ところが、2020 年 4 月以降、新型コロナウイルスの感染拡大問題を受けて全世界で渡航や移動に制限がかかり、ジヤトコでもそれ以降は出張が激減。部署によってはゼロになった。そのような状況下、同社では「Vuforia Chalk」を採用した遠隔コミュニケーションを行った。

今回は、ジヤトコで品質保証業務のマネジメントを担っている長谷川氏と河野氏、そしてジヤトコ全社の DX を推進する同社デジタルイノベーション推進部の宮崎氏が、Vuforia Chalk を用いた遠隔コミュニケーションについて語った。

“取りあえず使ってみよう”から始める「Vuforia Chalk」

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コロナ禍で、国内外拠点に出張ができなくなり、その最中で、少しでも国内外の各拠点とのコミュニケーションを増やすにはどうしたらいいのか……。この未曾有の事態の中で、現場で使えそうな具体的なツールがなかなか思い浮かばず、漠然と手段を探っていたとその当時を振り返る。

「よいツールがないものかと悩んでいた最中、当社役員が、『日産自動車が、よいツールを使っているよ!』と紹介してくれました」と宮崎氏は、Vuforia Chalk のことを耳にしたきっかけについて話した。

そして、「どうやら Vuforia Chalk は簡単に使えるらしいので、取りあえず使ってみよう」ということで、さっそく宮崎氏は自分自身で、スマートフォン端末にアプリを入れてテスト。「アプリをインストールすればすぐ使えるし、スマホの画面に映る物体にメモや線が描きこめる。簡単で直感的に使えるツールだと思った」と、その初印象について語った。「これなら、遠隔コミュニケーションで困っている現場にもすぐ使ってもらえるのでは」、そう考えたそうだ。早速宮崎氏は、全社に Vuforia Chalk の情報を展開。その後間もなく、社内で活用が広まっていったという。

宮崎氏によれば、Vuforia Chalk が社内で爆発的に広まったというよりは「適材適所で使われている」という表現が当てはまるという。「やはり、『現地に行けなければ仕事にならない』ということが切実な悩みとなっている部署ほど利用されています」(宮崎氏)。

Vuforia Chalk が、特によく使われているのは、海外の拠点や自動車メーカーとのコミュニケーションが多い、品質保証関連の部署とのこと。どうも、現物を見る必要があり、コミュニケーションを取りたい人がいる場所が遠くて行きづらいほど、需要があるようだ。

現地に行けなければ仕事にならない

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長谷川氏と河野氏が所属するのは、いずれも品質関連の部署であるが、長谷川氏は部品サプライヤー(取引先)と、一方の河野氏は自動車メーカーとやりとりをしている。そこで両氏の所属部門に共通するのが、「現場現物の確認が必須」という点である。現地でモノを見なければ判断できないことや、伝えづらいこともあった。まさしく「現地に行きたいのに、行けない」という悩みを抱えていたのである。

河野氏の所属するコーポレート品質保証部は、全社の品質マネジメントシステムの構築、自動車メーカー経由で入手する市場情報の把握、回収品の分解、調査、および是正処置の推進を行っている。河野氏自身は、海外自動車メーカーとのコミュニケーション窓口を担っている。

河野氏は、コロナ禍での課題について、このように説明する。「回収品の調査では、市場の現地に直接行って現物を調査することもあります。また、新製品の販売を始める際は海外拠点に出向いて調査手法の指導も現地で行います。コロナ禍で出張ができない中、電子メールや一般的なビデオコミュニケーションツールなどで、現地対応と同じことをするのに限界がありました」

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そうした業務で、河野氏が海外拠点とやり取りする人の大半は外国人で、日本語が通じない事が多い。日本語であればすんなり伝えられることも、ぱっと伝えづらいものだ。さらにそれが音声だけとなると、さらにコミュニケーションのハードルがぐっと高まることになる。

またジヤトコ製品は、多くの購入部品で構成される。購入品品質保証課の長谷川氏は、その購入部品の品質保証を担当し、部品サプライヤーとのやり取りが多い。しかも、担当 1 人が複数のサプライヤーを担当している。両氏とも、まさに悩みに悩んでいたところに、宮崎氏が展開した Vuforia Chalk の情報を耳にし、すぐに使い始めたという。

「私どもは、取引先の工場現地でよく工程監査をやりますが、そこではやはり実地の設備や部品を見ながら、現地の人と会話する必要がありました。それが、顧客の数だけあったということです」(長谷川氏)

「現場行ってなんぼ」な現場で Vuforia Chalk を使う

「新しいツールの初期投資額が大きいと、社内の承認取得のハードルがあがり、導入に時間が掛かります。一方、Vuforia Chalk はライセンス価格も廉価で、アプリを導入すればすぐ使い始められるため、導入がスムーズに済みました」(河野氏)。Vuforia Chalk は、まさに「簡単 DX ツール」ともいえる使い勝手だ。

河野氏は、回収品を調査する際に、社内の関連部署に実物を見てもらい、部品の状態を把握してもらう際にも活用。従来は、分解調査場に関係者たちを招集していたが、それを Vuforia Chalk を用いたオンライン会議でも実施するようにしたという。「分解調査場に来られる状況でも、現地とオンライン、両方の選択肢を用意しておくことで、時間の都合などで来られない人でも参加しやすくしました」(河野氏)

Vuforia Chalk のことを知る前、同じことをしようとすると、ノート PC に付属するカメラを使用するしか選択肢がなかった。現場で、ノート PC を抱えて映像を映しながら会話をするのは、なかなか苦しかったという。一方、Vuforia Chalk なら、片手で持てるタブレットが 1 つあればよいため、現場で端末の取り回しがしやすくなったとのことだ。

ここで用いているタブレットは、もともと別用途のために現場で使われていたものだ。「タブレット端末にアプリを入れるだけでしたので、セットアップと表現するような大げさなことはいりません。アイコンが少なく、機能が最小限であるため、Vuforia Chalk の使い方を現場の人にすぐ理解してもらえました」(河野氏)。

また河野氏は、新製品の生産を始める際の海外拠点教育でも利用している。先ほど説明した音声では伝えられなかった壁が超えられたことはもちろん、今後の出張コスト削減にも有意義につなげられるだろうということだ。

海外拠点への出張は、多くの時間と費用がかかる場合もかなりある。「Vuforia Chalk を使うことで、その費用がまるまる削減できていることになります。そのための移動の工数も削減できていますね」と、河野氏はその効果について説明する。

長谷川氏は、Vuforia Chalk を用いたコミュニケーション課題解消について、このように語る。「いわゆる『現場行ってなんぼ』の世界で、改善案も、現地で実際に状況や実物を見て・感じることで発掘できることが多いので、電話と手元の PC の Excel を見ながらの情報交換だと明らかに限界がありました。Vuforia Chalk であれば、ライブの映像を簡単にシェアできるので、現場の情報交換に近い内容のコミュニケーションもある程度可能になりました」

ただし現状では、現場に行ったそのままを再現できているとは言いがたく、「適材適所での活用を行っている」と長谷川氏は説明する。まずはサプライヤーとの工程監査会はオンライン化し、Vuforia Chalk を用いてサプライヤー担当が現地の様子を映し、長谷川氏らがオンラインで監査会に参加。その後は、監査の結果に応じて、実際の改善活動は現地にいるサプライヤーに対応してもらうという使い分けをしているということだ。

「鳥の視点」と「虫の視点」

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長谷川氏は、映像の「2 つの視点」を用途に応じて使い分けているといい、Vuforia Chalk のことを、現場の空中から観察する「鳥の視点」と表現する。「現地の担当さんがタブレットや携帯電話のカメラで映してくれる設備画像で気になったところに、『ここはどうですか』と Vuforia Chalk の画面上で、すぐ手描き線でマークしながら、指示を分かりやすく伝えられる点は便利です」

また、微細な個所や入り組んだ箇所は、マイクロスコープの映像を Vuforia Chalk に接続して共有して行うという。これは、閉所に潜り込んで観察する「虫の視点」だ。

それら映像類と併せ、長谷川氏らの手元にあるPCの帳票画面を Vuforia Chalk も共有し、手描き線を使いながら現場のヒアリングを効率よく進められる。

「鳥の視点と虫の視点の映像と帳票をリアルタイムに共有することで、現地での監査会にかなり近い状態を再現できています」(長谷川氏)。

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タブレットやスマートフォン、携帯電話、マイクロスコープなど、現場に既にあるものを活用しながらすぐに便利に使えることも、Vuforia Chalk の大きな利点である。

サプライヤーに Vuforia Chalk を使ってもらうために「教育」は必要なく、「説明」で十分であったと長谷川氏は話す。数枚の PowerPoint によるシンプルな説明資料を用意し、電話で説明するだけで使い方を理解してもらえたという。「ちょっと使ってみましょうと、気軽な感じでお勧めできました」(長谷川氏)

説明資料自体も、Vuforia Chalk で手描きマークをしながらスクリーンショットを撮って、資料にペタペタ貼り付けて、という具合に簡単に作れたということだ。

これからの遠隔コミュニケーション技術展望

今後、Vuforia Chalk をどのように活用したいかと河野氏に尋ねると、このように答えてくれた。「まだジャストアイデアですが…」と前置きをした上で、「お客さまのクルマをディーラーが預かると、われわれが数名でディーラーを訪問して診断する活動があります。プロの目で実物を見ないと的確な診断が行いづらいため、各拠点に散らばるようにいる専門家たちに現地で現物を確認してもらう必要があります。そのような場合に Vuforia Chalk を使えば、それぞれの拠点から現地に招集する必要がなくなると考えています」。河野氏は、今後、このような Vuforia Chalk の活用提案を顧客にしていきたいということだ。

実は、ジヤトコで、「Vuforia Chalk」を導入した当初、スマートフォンを横に倒すと、アプリ画面が縦表示のままで縮む状態が、少し悩ましかったという。しかし、その後のアップデートで解消されたという。

「Vuforia Chalk は、アップデートがこまめにあるため、使っていて気になる問題もそれで徐々に解消されるのがよいです。『PTC さん、ユーザーの意見をちゃんと聞いてくれているんだな』といつも思っています。これからのアップデートにも期待しています」(宮崎氏)

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