日本屈指の偉大な発明家・松下 幸之助氏が創立した松下電気器具製作所を起源とするパナソニック。創業 100 数年を機に、これまでのような家電メーカーから、「くらしアップデート業」となると宣言している。

今から約 100 年前、アタッチメントプラグや二股ソケットの開発・販売からスタートした同社であるが、現在は住宅向けからオフィス・商業施設向けまで、世の中に存在するありとあらゆる照明器具および関連部品を手掛け、社会インフラ構築においても重要な役割を担っている。

パナソニック株式会社の社内カンパニーである、ライフソリューションズ (LS) 社は、照明器具関係を手掛ける「ライティング事業部」の他、配線器具や分電盤、電動工具などを手掛ける「エナジーシステム事業部」、空質関連事業や環境エンジニアリング事業、電動アシスト自転車開発などに携わる関連会社といった事業を傘下に持つ。

LS 社ライティング事業部は、住宅用、施設用、屋外用、店舗用の照明器具、照明用デバイス、ランプの開発・製造に携わる。個別住宅向けが 20 シリーズ、体育館などの施設向けが 20 ~ 30 シリーズ、屋外向けが 10 シリーズ、店舗向けが 10 シリーズ。さらに、それぞれのシリーズの下で、さらに製品が細分化されている。このように同事業部の開発製品は多品種におよび、年間で数千品番の新製品が発売されるという。

また 1 ロット 1,000 程度しか生産しないものから、数万レベルの量産品まで存在する。品目の中で多くを占めるのが、前者のような小ロット生産品であるという。これは同事業が、社会に存在するありとあらゆる照明器具をカバーするためである。

「全然売れない」からといって、カタログのラインアップから外すわけにはいかないのである。たとえ、たまにしか売れなくとも、社会のどこかで、それを必要とする人が、きっとどこかにいるはず。その人が必要とするタイミングで、ほしいものをさっと差し出せるのが、パナソニックの力だ。

照明器具の設計には欠かせない 3D CAD

ライティング事業部の設計製造においては、3D CAD が欠かせない。同事業部は 2000 年ごろから開発研究所で Creo の前身である 3D CAD「Pro/ENGINEER(以下「Pro/E」)」を導入。他社の 3D CAD や 2D CAD も併用しながら 3D 設計を少しずつ推進してきた。

2008 年ごろから、事業部長のトップダウン指示により、 3D 設計を本格始動。金型製作、構造解析・樹脂流動解析、営業資料作成、製品組み立てなど幅広く 3D データを活用し、試作数削減や開発期間短縮など目指してきた。

製品が多分野にわたるため、同じ会社ながら設計文化がそれぞれであったことから、CAD など設計ツールの選定や使い方もやはりそれぞれであったという。その中でも、少しずつ部門間交流をしながら、標準化やツール統一を図ってきたということだ。

Creo でパラメトリックを考えつくす 3D 設計を

ライティング事業部のベテラン設計者、三輪 竜也氏は、ライフスタイルライティング BU 空間演出推進部インテリア空間事業推進グループに属し、商品開発課長として設計チームを率いる。同氏は、店舗の演出などで利用されるスポットライトやダウンライトの開発に携わる。

三輪氏は、Creo の特性や機能を考慮し、作成されるモデルの修正しやすさや化けづらさを徹底追求し、かつ意匠デザイナーが望む正しい形状を導くために、Creo によるパラメトリック設定の 1 つ 1 つについて、とことん考えつくしている。同氏は、パラメトリックモデリングのプロフェッショナルである。

「後から寸法が追いやすく、修正しやすい手順になるようにモデリングしています」(三輪氏)。panasonic-lighting2panasonic-lighting1

例えば、複雑な形をしたヒートシンクの溝形状を、1 つ 1 つ時間をかけてスイープで引っ張り、断面をちょくちょく確認しながら作成していくこともあった。三輪氏に続く後輩たちは、そのパラメトリックモデリングのテクニックやモデル構造を間近で見て、作成方法や考え方を教示してもらいながら、その技術を継承しているという。

同事業部の多品種少量生産品の設計現場においては、Creo のファミリーテーブルなどの機能が活用されているということである。

いよいよ Creo に一本化

ライティング事業部では、3D CAD を Creo に一本化しようと動いてきた。まずは三輪氏が在籍していた開発部隊から Creo への置き換えを徹底し、徐々に量産設計部隊にも移行を広げ、現在に至る。

部署によって複数の 3D CAD を運用する体制ではデメリットが多い。その 1 つは教育面の問題である。例えば異動してきた設計者であれば、新しい業務を覚える中で、別の CAD も覚えなくてはならなくなる。3D CAD のごく基本的な操作は同様であるものの、「コマンド名や、それがどこにあるのかなど、操作や使い勝手には CAD ソフトごとに違いがあるものであり、新しいツールの習得はなかなかの負担です」と三輪氏はいう。事業部側も、それぞれの部門にある CAD のための教育体制や資料を作らなくてはならない。

もう 1 つはデータ共有の問題だ。社内では部品の標準化を積極的に進めていることもあり、異なるデータフォーマットでの共有や活用では、やはり非効率が生じる。「中間ファイルやマルチ CAD 対応機能には限界があります。他の CAD で作成した過去の 3D データはそのまま使えず、一から作り直すこともよくあります」(三輪氏)。

panasonic-lighting3Creo が選ばれた大きな理由の 1つは、3D CAD としての高い信頼性である。設計部門内の他、資材調達や生産技術といった設計と関連する部門とデータ共有する、あるいは外部の工場へデータ提供する際に、データが化けてしまっては共有の甲斐なく非効率やエラーが生じてしまうことになりかねない。

また、製図も 2D CAD ではなく Creo の中のドラフティング機能で行い、設計がフィックスするまで 3D データとリンクさせて作業を進めていく方法に変えていっているという。三輪氏の設計チームでは既にそういう体制になっている。「3D 設計と図面がリンクされていないと、設計変更がうまく反映されずに部品製作してしまう、版管理がうまく行えずに図面の一部の内容が先祖返りするなど、トラブルも起きやすくなります」(三輪氏)。

三輪氏のようなパラメトリックモデリングの手練れたちが Creo で設計部隊をリードしてくれるということが、LS 社の Creo 一本化において大きな推進力となっているという。

新製品設計では、Creo と 3D プリンターが活躍

panasonic-lighting4LS 社のライフスタイルライティング BU ベース照明推進部外注推進・管理課課長である今岡 善秀氏と、同部署の主務 平野 晶裕氏は、設備照明、住宅のシーリングライトなどの給電部品の開発に携わっている。

今岡氏は 1996 年に入社し、パナソニックでソケットや端子台といった給電部品設計やランプ設計を担当してきた。現在の同氏は、設備照明器具及び給電部品開発の責任者を務める。

今岡氏が入社した当時は、まだ蛍光灯の製品が多く、ソケットや端子台が多く活躍していた。しかし年が経過するにつれ、さまざまな場所やシーンで使用されてきた蛍光灯は、どんどん LED 内蔵型照明器具に置き換えられていき、ソケットなどの給電部品の種類は縮小していった。「給電部品はかつての 40% ほどに品種を集約しました」(今岡氏)。

panasonic-lighting6そのような状況であるが、今岡氏は、「照明器具の世界では、最近、交換可能な LED ランプに回帰するニーズがあり、将来もソケットはゼロになることはないでしょう」と話す。かつて給電部品設計チームは単独で存在していたが、現在はランプの需要がある設備照明チームと一緒になって動く体制となっている。

今岡氏自身が現役で設計していた時代は 2D CAD と 3D CAD を併用して設計が行われていた。ところが今岡氏は、設計業務に従事し始めたころから Pro/E によるフル 3D で の設計と、そのドラフティング機能を使った製図を実践していた。当時の給電部品設計チームは、今岡氏の他、Pro/E ユーザーは数人程度。提携工場は他の 3D CAD を使用していた。現在は、提携工場も含めた給電部品設計チームと設備照明設計チームでは Creo を使用している。金型設計や製作の現場へも 3D データも渡すようにしているという。今岡氏が若手のころから積み上げてきた Pro/E 時代の知見が生きている。

panasonic-lighting52010 年に入社した平野氏は、給電部品設計チームに所属する。かつて今岡氏が長く携わった給電部品シリーズ後継の設計に携わっている。平野氏は入社当時の最新バージョンである「Pro/ENGINEER Wildfire 2.0」が業務で使う初めての 3D CAD となり、現在も Creo を使用している。

そんな平野氏は、Creo は「自分の右腕のような存在。頭の中にあるアイデアを具現化するためには必須のツールです」と話す。「開発のピークの時は、朝から晩まで Creo を使っています」

panasonic-lighting7平野氏が企画から携わったのが、カチットT という新しい取り付け方式を搭載した照明器具の新製品「パルック LED シーリングライト」である。ランプのように簡単に、2 アクションで文字通り ”カチッと” 天井に取り付けられる、コンパクトサイズのシーリングライトである。「T」は、「Two Action」から。この製品は、給電部品設計チームと LED ランプ設計チームとが連携して設計を行い、平野氏は、そのアダプター部を担当している。

「新製品のアイデアは、関係者で 20 ~ 30 種類くらい考えて、全て 3D データ化しました」(平野氏)。この製品の設計においては、「取り付けやすさ」が重要な要件であり、平野氏のアダプターの設計が肝になった。

「ユーザーが製品を取り付けるときの動作や感触は、画面の中の 3D データだけでは検証しきれません」と平野氏は話す。平野氏は、社内にある紫外線硬化式 3D プリンターを用いて、アダプターの試作品を幾つか作成して評価し、候補を絞り込んでいったということだ。「上長に対してレビューする際も、3D プリンターの試作品が役に立ちました」

panasonic-lighting8「パナソニックは、電機業界の中では比較的早期に光造形でのラピットプロトタイピングを取り入れており、私が現役だったころから既に行っていました。当時から造形スピードはかなり速いと感じていましたが、今は小型の装置で安価に、たくさんの試作が気軽にできるようになりましたね」(今岡氏)。

Creo には 3D プリンターで直接出力が行えるインターフェースを標準で備える。平野氏は普段の設計で、その機能をよく活用しているとのことである。

Creo ネイティブ世代が支える、ライティング事業の 3D 設計の未来

ハイエンドツール時代の Pro/E の使い勝手は、まさに「プロ」を冠する名を彷彿とさせる ”カタブツさ” であった。今日普及する、多くの 3D CAD のような直感的で分かりやすい GUI は備えておらず、幾何学的エラーや矛盾は一切許さないのである。その後、Wildfire を経て、「Creo」へと生まれ変わり、GUI はだいぶ丸くなったが、パラメトリック CAD における、データ矛盾を一切許さぬ ”カタブツさ” は今もなお変わらない。

「この使い勝手には、私も最初は困惑したのです。しかし他の 3D CAD で作成した 3D モデルを金型製に渡すとよくトラブルが発生していましたから、最初に手間をかけてしっかりモデリングを行い、後で困らない方が良いと考えました」

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そう語るのは、LS 社 ライティング事業部の 3D 設計推進の指揮を執る、経営企画部 IT 企画課の主幹 奥田 滋氏である。

同氏は、熱烈な ”Pro/Eファン” である。「Creo の機能は、他の 3D CAD にはないような、Pro/E 時代からの高い信頼性を備えています。3D モデリングのエンジンが非常にしっかりしているためだと思います」(奥田氏)。

Pro/E の遺伝子を引き継ぐ Creo の 3D モデルは寸法修正に強くてバージョンアップにおける抜け落ちなどのデータ劣化がなく、金型など曲面を多用する複雑な形状を扱う場合においてもデータを長期にわたり安定して利用できるのである。

Pro/Eは、3D CAD として初めて、3D モデルを寸法値でもって制御する「パラメトリックモデリング」の手法を取り入れた製品である。それは、「Parametric Technology Corporation」の略称である PTC の名に由来している。 PTC は今も「パラメトリックモデリングの祖」として、「幾何形状と寸法を正しく表現する」という開発思想を貫く。単に形を作る「モデリング」ではなく、あくまで製品を作る「設計」の機能であるという考えを変えず、3D CAD を進化させ続けている。それが、奥田氏が、Creo を高く評価している理由である。

panasonic-lighting11「Pro/E 時代から Creo 時代まで、『設計者が責任を取る』という開発思想が変わることなく貫かれており、設計者が ”ちゃんとしたものを作る” という意味で、大変良いツールです」(奥田氏)。

2008 年ごろから、事業部長のトップダウン指示により、3D 設計を本格始動。金型製作、構造解析・樹脂流動解析、営業資料作成、製品組み立てなど幅広く 3D データを活用し、試作数削減や開発期間短縮など目指してきた。

製品が多分野にわたるため、同じ会社ながら設計文化がそれぞれであったことから、CAD など設計ツールの選定や使い方もやはりそれぞれであったという。その中でも、少しずつ部門間交流をしながら、標準化やツール統一を図ってきたということだ。

他 3D CAD を経験していると、Creo のモデリングエンジンの特性を「融通の利かなさ」と捉えてしまう場合もある。しかし、「3D モデリングの信頼性面で妥協している」ともいえる他の 3D CAD での設計に慣れてしまえば、信頼性の低い設計データを共有して活用しなければならなくなる。その結果として、非効率とトラブルを招くことになってしまうことも考えられる。そうなってしまえば、真のパラメトリックモデリングとはいえない。

ライティング事業部内では、平野氏のような「Creo ネイティブ世代」ともいえる設計者の比率が着々と増えてきている。これも、Creo 一本化への道を目指すにあたり、大事なファクターとなるという。奥田氏は、「この 10 年の間で入社してきている新人については、Creo しか触らせていない」という。

平野氏は、PTC 以外の 3D CAD のことをほとんど知らないこともあって、Creo が自身にとって ”当たり前” のツールとして馴染んでいるという。「特別『使いづらい』と思ったことも、機能に対する困惑なども、ないですね」と平野氏は述べている。

今後のライティング事業部では Creo の一本化を進めるとともに、3D データ活用の幅をより広めていくという。例えば、属性情報のデータを活用して部品表に自動生成する、エレ/メカ/ソフト連携のシミュレーションを実行するといったことを考えているということである。