シンクロンは、真空薄膜形成装置の研究開発、製造、販売まで一貫して手掛ける企業である。同社の薄膜形成方式としては、蒸着とスパッタの両方式に対応し、独自技術や知見を有する。

蒸着時の基板に形成する薄膜にイオンを照射してエネルギーを与える「IAD (Ion‐beam Assisted Deposition)」法は、耐候性に優れ、密度の高い誘電体薄膜を形成可能であり、同社ではその手法を用いた量産用真空蒸着装置を開発している。

さらに同社独自のスパッタリング方式「RAS (Radical Assisted Sputtering)」は、スパッタリングと反応工程を分離させることで、従来の反応性スパッタリング方式で問題となってきた異常放電や絶縁物堆積といった問題に起因していた成膜プロセスの不安定さを解消でき、誘電体薄膜の大量生産が可能である。

同社の真空薄膜形成技術は、自動車や事務機器、医療機器、通信機器、電子部品・半導体、エネルギー関連など多岐にわたる分野で活躍している。薄膜が使用される製品の例としては、眼鏡の反射防止膜や、スマートフォンの液晶画面の保護膜などだ。

中でも、最近はスマートフォンや携帯電話などのモバイル端末向けの薄膜形成装置が多いという。モバイル市場の非常に激しい変化に対応するため、顧客らは極力速やかに新製品を市場へ送り出そうとしており、同社としてもますますの開発スピードアップをかなえるべく、業務効率向上が強く求められている状況であった。

そうした状況に適応するため、シンクロンの設計部門では 2019 年 8 月に、2D CAD と 3D CAD が混在していたこれまでの設計環境を、PTC のダイレクトモデリングシステム「Creo Elements/Direct」に全て刷新。それにより、設計現場で抱えていた悩みが一気に解消し、業務効率が大幅にアップしたということだ。

情報入力や採番など間接業務が設計業務を圧迫

シンクロンにおける設計開発は、横浜市にある横浜本社と、山形県鶴岡市にある鶴岡工場が連携して行っている。

まずは横浜本社が全社の中長期経営計画に基づき、顧客の市場における課題を抽出。それを解消するための真空薄膜形成装置における仕様や技術要件を設定する。それ以降は、鶴岡で対顧客や社内のレビューを実施しながら製品化に向かって設計を煮詰めて、装置にまとめていく。

これまでの同社は、開発初期で 3D CAD に付属した 2D ドラフト機能やポンチ絵を中心に構想設計を進め、途中から 3D CAD を用いて詳細を詰めていくという流れだ。装置によっては、初めから 3D CAD を用いることもあったという。本出図用の製図では、2D ドラフト機能を用いていた。
2D CAD は、3D CAD 導入以前の図面を修正したり、流用したりする場合に用いていた。なお、3D CAD についてはハイエンドのパラメトリックモデラ―を導入していた。

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もともと使用していた CAD による設計業務では、大きく、以下の 2 つの問題があった。

  • 3D CAD と 2D CAD が別々の PDM で管理されていた
  • パラメトリックモデリングが適さない設計であった

まず、大きな問題だったのが 3D CAD と 2D CAD が別々のブランド製品であり、それぞれのブランドの PDM (Product Data Management) システムで管理されていたことだった。

社内の基幹システムにつながっているのは 2D CAD 側の PDM だけ。3D CAD 側の PDM はブランド内のソフトウェアを連携する前提でアーキテクチャーが構成されていることから、改修にかなりの時間が割かれることが想定され、現実的ではないと断念したという。また、それぞれの PDM も直接連携できない。

そのため、3D CAD に付属の 2D ドラフト機能で作図した図面については PDF 化し、2D CAD 側の PDM にマニュアル入力する必要があった。また、品番の採番も 2D CAD 側の PDM で行い、さらにそれを 3D CAD 側の PDM に手動で登録しなおしていた。

このように 2 つにまたがる PDM のせいで、BOM(部品表)作成にも手間がかかっていた。まず 3D CAD 側である程度アセンブリが完成した段階で、そこでできた BOM を一度 CSV ファイルで出力し、それを 2D CAD 側の PDM で受け取る。しかし、この段階では BOM としてのデータが不十分であるため、取り込んだ内容を確認しながら必要な情報を手入力していた。

そうした環境であるため、入力時のミスや情報の混乱が起こりやすく、手順も煩雑となり、間接業務が設計業務を圧迫し、時に混乱をきたす状態となっていた。

次に課題であったのが、採用していた 3D CAD がヒストリー(作成履歴)を備えたパラメトリックモデリングであった点だ。同社はもともと 2D CAD で設計してきた歴史が長く、3D CAD は後から導入している。3D CAD を導入した後も、設計の進め方は 2D CAD 時代のやり方と大きく変えていなかった。同社の開発期間中は、随時上がってくる顧客の要求に応えながらの設計変更が頻繁に生じやすく、3D モデリングの際はヒストリーをさかのぼっての設計変更をする、あるいは以後に修正が起こることを見越した論理的なモデリングを実施するのが困難であった。そのため、ヒストリーもパラメトリックも同社の設計では利点を生かすことが難しく、むしろモデリングの手数を余計に増やす要因となっていた。

顧客からの納期のプレッシャーがどんどん強まる中で、その状況を改善し、もっと業務効率を高めなければならない。一方、重要なツールである CAD と PLM の刷新を検討するということは、設計現場も巻き込む社内の大きなプロジェクトになってしまうこともよくある。多額の投資が必要になる上、その取り組みが多忙な業務を圧迫することになることも想定された。そのため、過去にはなかなかそこへ踏み出せなかったという。

その大きな一歩を踏み出すきっかけとなったのは、「Windows 7」のサポート終了問題だった。それに伴い、使用していた 3D CAD もバージョンアップしなければならなくなったのだ。そして、その費用が数千万単位でかかると分かったのだ。

「いよいよこのタイミングで、CAD や PDM の乗り換えを検討するしかない」と、シンクロンは動き出す。

「これを選ばない道はあり得ない」⸺ もはや必然の刷新

もともと、同社が採用していた 2D CAD は、「ME10」であった。こちらは旧コクリエイト社のソフトウェアであり、現在は「Creo Elements/Direct Drafting」として生まれ変わっている。今回のシステム刷新においては、ここが非常に大きなポイントとなった。

それなら、「Creo Elements/Direct」にしてしまえばよい。非常にシンプルな答えであった。この答えを提案したのは、シンクロンと長年の付き合いであるいう SIer のオービックだ。シンクロンの設計環境や課題していたからこその、的確なアドバイスであった。

基幹システムをつなげていた「Drawing Manager」も、同じ PTC ブランドであることからそのまま利用することができ、3D モデルはそれと連携できる「Model Manager」を新たに追加し管理を行えばよい。3D CAD のモデリングと製図が完了すれば、そのまま自動採番され、BOM も自動生成される。

さらに、過去の ME10 の図面や 3D CAD のデータも、Creo Elements/Direct で引き続き活用できるので、過去に積み上げてきた設計資産も無駄なく生かすことが可能だ。

懸念の導入費用はどうかといえば、ランニングコストを含めても、ライセンス数を増やしても、使用してきた 3D CAD を継続する費用よりはるかに安い見積もりとなった。

「コストメリットが大きく、『これを選ばない道はあり得ない』と思った」と、今回の CAD 刷新にかかわった、横浜本社で開発とプロダクトデザインを担当する長谷川 友和氏は振り返る。

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これで、全て解決してしまったのである。導入で躓くといったことも一切なかったという。導入に時間がかることも、設計現場に大きな負担がかかることもなかったそうだ。

しかし、導入後に CAD が使われないという事態が起こってしまったら、元の木阿弥だ。設計現場からは、CAD が変わることについて抵抗はなかったのか?

「現場の皆で、問題なくすんなり受け入れられた」と長谷川氏は話す。研修をするなど特別なことは必要なく、社内の皆が 1 日もあれば使い方を覚えられたという。同氏自身も快適に使用しているとのことだ。

「ダイレクトモデリングとノンヒストリーであるところはメリットが大きく、考え込むことなく直感的に操作できる点は、皆、助かっている。体感的には、従来の 2 割か 3 割増しくらいで業務がこなせるようになったと思う」(長谷川氏)

鶴岡の設計メンバーである生産本部 設計部 M グループ マネージャーの庄司 善紀氏は、「設計業務のストレスがかなり減った」と話す。

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「操作性については想像以上に良くなり、3D モデルを直感的に伸ばしたり引いたりできるため、確実に作業時間短縮につながっている」(庄司氏)。さらに庄司氏は、「部品点数が数千点に及ぶアセンブリでも表示が速くなり、ストレスを感じなくなった」と述べる。

同じく鶴岡工場 設計メンバーである生産本部 設計部 M グループ チーフ 佐藤 千比呂氏も、「設計業務のスピード感は確かに高まったと感じる」と述べる。「実際の工数を計測してみたところ、従来比で 3 割ぐらい作業時間が減っている」

「今は、『拘束をどうしたらいいか』『ヒストリーツリーはどうなっているか』と考える時間が無駄であったと思う。以前は、モデリングのヒストリーを見ながら、どのように修正すればいいか慎重に考えなければならなかった。そうしないとデータが化けてしまったりしたため。便利なところはもちろんあったが、大変だったという気持ちの方が大きい」(佐藤氏)

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Creo Elements/Direct が直感的な使い勝手であるため、打ち合わせをしながら 3D モデルを変更できることも利点であるという。「打ち合わせで、『ちょっと、ここを伸ばしてみてくれ』と言われても、ぱっと対応できる」(佐藤氏)

客先へ訪問しての打ち合わせの場では、リモートデスクトップを介して Creo Elements/Direct をつなげており、その際もストレスなく動作でき、重宝しているということだ。

また佐藤氏は、「PDM が二手に分かれていたところが業務上の一番のネックだと考えていたので、非常に助かった」と話す。最新の状態や変更履歴の状況などが可視化され、情報が把握しやすくなったという。

「設計の進捗や構成の情報なども、周囲の人にいちいち聞いて回らずに済み、自分の端末から情報にアクセスできるようになった。鶴岡拠点ではもちろん、本社サイドと設計情報のやり取りもしやすくなった。営業担当からも設計情報が把握しやすくなったと聞いている」(佐藤氏)

装置の構成や組み立て手順などは、3D ビューアの「Creo View」を使って製造現場と共有しているという。データ変換が不要で、CAD ユーザーではなくても 3D データを閲覧でき、かつそれが無償で誰でも利用できるというのがうれしいポイントであるということだ。営業など、機械図面を読むのが苦手な人に対しても、設計について説明がしやすくなったという。

「以前は、3D CAD の画面を幾つかスクリーンキャプチャーして説明していたが、形状の詳細がなかなか伝わりづらく、見せる人が欲しいと思う角度を用意するのが難しかった」(佐藤氏)

今後は、設計から、製造、販売までを一気通貫!顧客が欲しい製品を、より早く

今後、シンクロンでは、今回のような設計開発のフェーズだけではなく、調達や製造の部分まで含めて 3D データを核に一気通貫させて効率化し、製品をよりスピーディーに顧客の下へ送り出したいという。社内の ERP との連携をより密にし、原価管理や見積もり計算の自動化や、帳票ソフトウェアからの脱却も検討しているとのことだ。

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また、AR(拡張現実)システムの「Vuforia」の導入も興味があると長谷川氏。「設計製造全体でデータを本格的に一本化できた際には、その 3D データを活用してカスタマーサポートで AR コンテンツを利用するといったことを考えている」

佐藤氏も、まだ試用してみた段階ではあるが、その活用に興味があるという。「装置に実寸大で没入できる点が良い。メンテナンスの際の作業イメージを描きやすくなる」(佐藤氏)

佐藤氏は今後、「Creo の構造解析の機能を利用し、設計の中でリアルタイムに、自然に使っていきたい」とし、設計での CAE の積極的な活用をしていくという。

「Creo の構造解析は、解析に詳しくない設計者の思考に寄り添った簡易な GUI になっている。例えば、設計の段階で 1 度構造解析をしておき、打ち合わせの場でも解析をしながらレビューをするというふうに活用できたらよいと考える」(佐藤氏)

シンクロンは、今後も Creo の活用の幅を増やし、製品開発をスピードアップすることで、新製品投入の数を増やし、より多くの顧客の期待に応えていきたいということだ。