オムロングループは、制御機器・FAシステム、電子部品、社会システム、健康医療機器・サービスと幅広く事業展開してい る。2011 年には、2020 年までの 10 年間における長期ビジョン「Value Generation 2020 (VG2020)」を策定。「感じる。 考える。制御する。人と地球の明日のために。」をテーマに、「センシング & コントロール + Think」技術により、持続可 能な社会を実現するため「質量兼備の地球価値創造企業」を目指すとしている。グローバルに激化する市場競争を成長機会 であると捉えるとともに、社会的課題の解決に向けたソーシャルニーズに応えていく。

オムロン ヘルスケアの重要な事業ビジョンの 1 つに「ゼロイベント」の実現がある。ゼロイベントとは、「高血圧に起因 する脳卒中や心筋梗塞などの脳・心血管疾患の発症をゼロにする」こと。この大志を実現するため、製品やサービスの開発 は自社だけに留まらずに国内外を問わない外部パートナーを積極的に巻き込み、グローバルに展開している。 そして、Windchill の導入により情報管理をデジタル化することで、商品設計や許認可取得の効率が上がり、革新的なデバ イスを創造する時間を生み出す。それが、同社の「ゼロイベント」実現に大きく貢献できると考えている。

さらなる成長とグローバル化の加速に対 応するためのデジタル化

従来、オムロン ヘルスケアの研究開発は日本が中心とな り、米国や欧州、アジア各国などの海外拠点ではローカ ルニーズに合わせた設計や販売が行われてきた。現在 は、各国のニーズを確実に捉えてタイムリーに対応する ため、各国拠点での商品開発体制を強化しようと取り組 んでいる。また事業展開する各国の許認可取得のノウハ ウも蓄積している。

そのような状況下、製品開発部門における大きな課題の 1 つが、「デジタルデータの共有」であった。従来の同社 の技術情報管理は、日本拠点に集中させていた。また 3D CAD や CAE、PDM などを導入し、設計作業や設計デー タのデジタル化の取り組みは以前から積極的に実施して きた。しかし設計データはデジタル化されていても、各 担当のローカル PC に存在するようなデータもあり、デジ タルデータの利点を生かしきる仕組みとはいえなかった という。

さらに技術情報や監査関連のドキュメント管理は依然と して「分厚いファイルに閉じられた紙」が中心であり、 かつ日本拠点の中だけで管理されてきた。近年、同社の ビジネスが急速に拡大していく中で、派生機種が増加 し、設計や仕様の変更も頻繁に行われている。従来のよ うな管理方法のままであれば、変更などに対してタイム リーに対応していくのが難しくなってくることは想定で きたという。実際、情報反映に遅延が生じるといった問 題が発生することもあったという。さらに今後、「世界同 時リリース」などを目指すとなれば、問題は大きくなる ことは容易に予想できた。

監査対応や品質確保も大きな課題であった。当然、QMS (Quality Management System) などの対応はこれまでも 行ってきたものの、ますます複雑化してきている製品の 開発プロセスにおいて、従来手段では限界が見えつつ あった。またグローバル展開において、特に悩ましいの が各国の許認可取得対応である。中でも、FDA(Food and Drug Administration: 米国食品医薬品局)認証は、各 国の規制の中でもとりわけ厳しいといわれる。そして米 国で医療機器を販売するためには必ずこのFDA認証を 乗り越えなければならない。グローバル化が加速する中、 申請がデジタル化されている FDA において、紙ベースの ドキュメント管理が残存することは申請プロセスの枷に なる場面が多々あった。申請にあたり用意すべき書類や データをなかなか探せないといった問題も出てきてい た。またそれが故に生じる非効率な作業が、現場の技術 者たちの業務時間を圧迫することもあった。

オムロン ヘルスケア株式会社 開発統轄本部 商品開発統轄 部 開発推進部 部長 土岐佳久氏はこう話す。「日本人は、 多少の不便があっても力技で何とかしてしまうものです。 現状も実は、どうにかなっている部分は確かにあるのです。 しかし今後、より製品が複雑化し、各国での同時開発など に対応するとなれば、従来の紙中心の管理方法では、やが てコントロールができなくなることは必至といえました。 変革をしなければ、今後、品質問題の発生や、監査リスク につながる可能性が高まってしまうと考えていました」

そこでいよいよ、オムロン ヘルスケアは社内の技術ド キュメントのさらなるデジタル化と、PLM 導入へと歩を 進めることになったのだ。しかし、PLM の恩恵をしっか りと享受するには、3D CADなどの設計ツール、MBOM や EBOM といった部品管理システム、基幹系情報システ ムである ERP など、研究開発や設計に紐づくあらゆる データやシステムとの連携をいかに行うかが肝となって くる。さらに親会社であるオムロンの ERP やデータとも 連携できなければならない。

生い立ちも仕組みも大きく異なるシステムを複数連携さ せてデータを一元管理しようとすることは、当然、一筋縄 ではいかないことである。それ以前に、紙書類のデジタ ル化のハードルは高く、「特に監査関連の書類では苦労が 多かった」と、開発統轄本部 商品開発統轄部 開発推進部 開発グループリーダー代理で基幹職の伊達渡氏は話す。omron-healthcareimage_new

「そこまで工数とコストをかけて、本当に効果があるの か」「紙でもどうにかなっているのにどうしてやるのか」 という声も、社内の現場からちらほら聞こえてくること もあったという。その一方、オムロン ヘルスケアの経営 層は現状の仕組みへの危機感は非常に強く、デジタル化 の取り組みはトップダウンで一気に進められることになっ たということだ。現場は今後、決して甘くはない道のりを歩むことにはな るが、その先のビジネスの躍進を保証するためには絶対 に乗り越えなければならない山である。その際に、自ら が選定したツール自身が、さらにその行く手を阻むよう では大きな問題なのである。

Windchill を選んだ決め手は、FDA 対応

数ある PLM システムを検討する中、オムロン ヘルスケ アが PLM として選定したのが Windchill であった。 Windchill の決め手となったポイントはどこなのだろうか。

Windchill は 20 年以上の歴史を持つ PLM であり、これ まで数多くの国内外の企業が採用してきた実績がある。 Windchill では、過去のユーザーたちのベストプラクティ ス(成功事例)がテンプレート化されていて、後に続く ユーザーたちがその知見を生かすことができるように なっている。多数のテンプレートから自社にぴったりな ものを選定することで、ほぼカスタマイズすることなく PLM が導入できる。まさに OOTB (Out Of The Box) で使 えるソリューションであることが特色である。

さらに Windchill はさまざまな 3D CAD システムに対応す る「マルチ CAD」対応である。メカ系 CAD だけではなく、 電気系 CAD のデータにも対応する。既に導入して長い年月が経つ 3D CAD や設計データがそのまま生かせること はありがたい。また設計者が使う 3D CAD のメニューの 中に Windchill のメニューが入れられるため、日々の設計 作業の中で気楽に PLM のデータを活用することが可能 だ。Windchill には各社のメジャーな CAD との連携ツー ルを備えている。

「世界中で同じデータを見る」ためには、クラウドでの データ共有は肝となる。クラウド上での機密情報管理を 保証するため、オムロングループ全体で導入しているク ラウドサーバ「Amazon Web Services (AWS)」上に乗せ て Windchill を動かせることも利点であると考えたとい う。AWS に技術情報を集約し、Windchill の画面から各 国拠点の皆が同じデータを見られるようになるのだ。

さらに、Windchill において特筆すべき点がある。オムロン ヘルスケアが導入した医療業界に特化したパッケージ 「Windchill medical package」には FDA 認証支援ツー ルが標準で備わっており、しかもカスタムなしで使えると いう点である。Windchill medical package では、医療業 界におけるユーザーのベストプラクティスに基づくテンプ レートがユーザーに提供される。オムロン ヘルスケアが Windchill の導入を決めた理由の大きな1つがそれであった という。

他の PLM システムでは、業界や顧客ごとの要望に応じたカ スタマイズで対応するしかなかった領域であり、導入にも 時間がかかりコストもそれなりにかさんでしまいがちで あった。

Windchill の導入を決定した後、土岐氏は国内外の PTC ユ ーザーたちに話を聞いて回ったという。「成功の秘訣 はもちろん、表ではなかなか話せない苦労や失敗談を直 接聞けたことはよかった。それが導入を決める後押しに もなりました」(土岐氏)という。PTC ではこのよう に、ユーザー同士をつなげるコミュニケーションの場を 設ける取り組みも積極的に実施している。

Windchill で設計現場に意識改革を! その力を未来の製品へ

「各国拠点に散っていたデータを Windchill に集結するこ とで、『相手がどのようにデータを見ているか』というこ とが分かるようになるメリットは大きいと考えています。 逆に相手側がどういうデータがほしいのか、こちらはどう いうフィードバックを相手に送るべきなのかも分かるよう になると思います」と伊達氏は言う。

また土岐氏は「各拠点の設計者たちそれぞれが、どういう データを活用するのか、どのように活用されるかを意識す るようになると思うので、それが設計の質を高めていくこ とにもつながることを期待しています」と話す。同氏は 「Windchill の取り組みでの効果を今後、設計者の意識改 革にもつなげたい」という。

「これまでの紙の情報管理では情報へのアクセスや入手に 制約があり、それが技術者たちの対応範囲や思考を限定的 にしてきた面があると思います。今後は皆がデータを見渡 して探せるようになることで、技術者の視野も広くなりそう です。また若手設計者が設計に携わる際は技術資料を集め るために多くの時間を取られてきましたが、そこから解放 されることになるでしょう。これからを担う若手技術者が そこから解放され、その時間で創造的で本質的な設計に取 り組めるようになり、それが設計レベルや品質の向上へと つながるのではと考えています」(土岐氏)

オムロン ヘルスケアでは当面、設計開発の全領域を対象 に Windchill を導入していくが、今後は MES などを含めた 製造プロセスや、CAPA(Corrective Action & Preventive Action、是正処置及び予防処置)などの苦情処理プロセス にも拡大していくことを検討しているという。さらに、その仕 組みを用いて、市場からニーズを組み出して新しい設計な どに生かす仕組みも想定できるとのことだ。

Windchill の導入が、オムロン ヘルスケアによるゼロイベ ントの取り組みの一助となり、全世界の人たちが健康にな れる未来の実現する日が来ることが待ち遠しい。

オムロン ヘルスケア株式会社の取り組み

オムロングループで、ヘルスケア関連の事業を担うのが オムロン ヘルスケア株式会社 である。血圧計や体温計、 ネプライザ、低周波治療器、体重体組成計などの健康医 療機器やサービスを開発する。2018 年には、医療認証を 取得した腕時計サイズのウェアラブル血圧計 「HeartGuide」を開発し、米国で先行販売。2019 年に は日本、欧州でも販売を開始し、今話題となっている。

また、オムロン ヘルスケアでは健康管理アプリの 「OMRON connect」も展開しており、同社の通信機能 付き血圧計、体重体組成計、活動量計、婦人体温計から 取得 す るバイタルデ ータ(人体のデータ)を管理。これら のデータを活用したさまざまなサービスも展開している。